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タクシードライバー

先日、飲み過ぎて上野で終電を逃したことがあった。仕方がないので、上野から亀有までタクシーで帰った。4000円ほどだった。普段、私はあまりタクシーに乗ることがないのだが、そのとき私の乗ったタクシーには、後部座席に小さな液晶モニタが設置されていた。色々な広告が流れていた。

そこで流れていた広告で知ったのだが、今都内のタクシー会社数社で、タクシーを呼ぶためのスマートフォンアプリを作っているらし。広告によると、スマートフォンに内蔵されたGPSの位置情報を用いることで、今までのように電話で呼ぶのに比べ、よりよい配車が可能になるとのことだった。

私の父はタクシードライバーだった。かつて、タクシードライバーとえば、一種の自由業であった。父や父の友人は、9時から5時まで会社に縛られるのが嫌でタクシードライバーになったのであった。自分の気の向くままに車を走らせることができるし、疲れたときは橋の下で休憩することができた。お客を乗せることさえできれば、何をするのもドライバーの自由だった。

父は働くのが嫌いだった。お酒は飲む方ではなかったが、よく、友人たちと麻雀をやっていた。パチンコも好きだった。私も、小学校へ上がる前から、よくパチンコ屋へ連れていかれた。景品のお菓子をもらえるのが楽しみだった。

父は不まじめなドライバーであったが、そんな父でも家族を養うことができたのは、これはもちろん母の多大なる苦労があったわけだが、父がタクシードライバーとして必要なスキルを持っていたからであった。

タクシードライバーは、第1に、道を知らなければならない。第2に、交通情報を知らなければならない。道を知っているだけでは不十分だ。お客を運ぶというのは、地図を見て最短距離を走ればいいというものではない。時間帯によって、道の混雑具合は変わる。どこかで道路工事が行われているかも知れない。

第3に、お客について知らなければならない。地域によっては流しのタクシーが禁止されているところもあるが、「本物の」タクシードライバーは流しの客で稼ぐ。空港や駅で客待ちするのは素人だ。お客がちょうどタクシーに乗りたいと思ったときにタイミングよく現れるのが、プロのタクシードライバーである。

父の時代には、タクシーという産業はドライバー個人のスキルに大きく依存していた。タクシードライバーとは、職人的職業であった。タクシー無線は存在したが、個々のドライバーは組織化されているとは言えなかった。実際、組織に属さない個人タクシーはかなりの売上をあげていた。売上を独り占めできるからだ。意欲のあるドライバーは、個人タクシーをやりたがった(父はやりたがらなかった)。

ところが、2000年くらいから様子が変わってきた。カーナビとGPSの導入である。カーナビが80年代から存在したことを考えると、2000年というのはちょっと遅い気もする。しかしこれは、あらゆる職人に共通する気質で説明できる。産業革命当時、ヨーロッパの職人たちは機械を破壊する運動を行った。現代のタクシードライバーにとって、カーナビの存在は、交通のプロである彼らのプライドを傷つけるものだったのかも知れない(ちなみに、タクシーへのAT車の導入も遅かった)。

ともあれ、タクシーに革命が起きた。職人的ドライバーの時代は終わり、カーナビとGPSによる配車システムの時代がやってきた。どんなに優秀であっても、橋の下でサボるドライバーは必要とされなくなった。

小泉政権下でタクシーの自由化が行われた際、多くの若いドライバーがタクシー業界に入ってきたそうだ。彼らがタクシーに入ってこれたのも、この新しい配車システムのおかげである。新しいドライバーには、かつてのようなスキルは必要とされない。必要なのは、安全運転とサービス精神だ。

技術者としての私は、このような技術によるイノベーションを歓迎する。昨日よりよい明日を手に入れた。これこそ技術の目指すものである。件のスマートフォンアプリは、さらに良い明日をもたらすだろう。

一方で、父の気質を受け継ぐ者として、なんとなく寂しい感じもする。今のタクシーに父の居場所はない。父はもう亡くなったが、今父のような人間がいたとして、つまり私のことだが、どのような職業に就けばよいのだろうか? 誰だって、ときには橋の下でサボりたいのではないのではないか?

私が上野で乗ったタクシーの運転手は、年配の男性だった。父と同じ時代を生きたのではないかと思う。彼も、かつては職人的スキルで稼いだのかも知れない。車には、もちろんカーナビが搭載されていたし、ギアはATで、後部座席には液晶モニタまであった。もはや、かつてのスキルは必要ない。

時代が変われば、働くものに要求されるものも変わってくる。当然である。それを寂しく感じてしまうのは、単に変化に追従できていないのかも知れない。もちろん、昔にもよいところはあったろう。しかし、我々はよりよい明日を選んだのではなかったのか。

父の時代は終わった。今は私の時代である。父の時代は父の時代として、懐かしむことはあっても、寂しく思う必要はない。私は技術者として、昨日よりよい明日のため、新たなる技術に挑戦するのみである。ちなみに、そんな私は、awksedシェルスクリプトを書いている。