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三菱を去る日

1月いっぱいで三菱電機を退職した。新卒で入社してから、この4月で丸6年になるところだった。実は、退職にあたってのエントリを、同じタイトルで前々から用意していた。三菱の官僚主義に辟易していた私は、三菱のやり方について、そのエントリでこき下ろす予定だった。だが、気が変わった。

最後の出勤が終わったあと、6年間住んだ独身寮へ行った。部屋の鍵を返すためだ。まだ部屋に置いたままになっていたゴミを処分し、掃除機をかけた。そして、鍵を返すために管理人室へ行った。管理人さんは、なぜかいつも私をフルネームで呼ぶ。私は鍵を返し、簡単にお礼を述べた。管理人さんも何か言った。

瞬間、私は、目から涙が出そうになっていることに気づいた。私は慌てて管理人室をあとにし、駅へと向かった。管理人さんが何を言ったのか、正確には覚えていない。しかし、励ましの言葉だったのは確かだ。

管理人さんのその言葉は、私の頭脳で解釈される前に、私の心の中の大きく膨らんだ風船を突き刺してしまった。風船は弾け、中の物が溢れ出し、私はうかつにも涙を浮かべてしまった。風船の中身は何だったのか?

退職当日というのは意外と忙しい。あれやこれやの手続きに、机周りの整理。それが終わったら、お世話になった人への挨拶だ。しかし、上に書いたように、私は三菱が嫌で辞めるのであるから、特に誰かに挨拶して回ろうとは思っていなかった。親しい友人には事前に退職を知らせてあったし、同期入社の仲間たちにはメールで知らせた。手続きや机の整理は午前中でほとんど終わってしまったので、午後は缶ジュースなど飲みつつのんびり過ごした。

定時になって、課の人たちの前で挨拶をした。挨拶が終われば帰っていいわけだが、持ち帰らなければならない荷物が多かったので、フロアの友人にあげてしまおうと思った。形見分けというわけだ。そこで、私は「形見」を持ってフロアを歩きまわった。

フロアを見渡すと、色々な人たちの顔があった。私は、その中の実に多くの人と、この6年の間に一緒に仕事をしてきたことに気づいた。一緒にデスマーチを乗り越えた人もいたし、一緒にお酒を飲んだことがあるだけの人もいた。挨拶回りなどしないと決めていたはずなのに、私は彼らに声をかけた。彼らは気持よく送り出してくれた。

私の三菱電機での6年間は、常に不幸だった。デスマーチも経験したし、体調を崩したこともあった。そもそも、担当する仕事が退屈極まりなかった。しかし、ひとつだけ素晴らしいことに、私がどんなに苦しい時でも、私のそばには常に誰かがついていてくれた。私はひとりで置いておかれることはなかった。疎外されることもなかった。

これが風船の中身だった。駅へと向かう道で、このことに気づいた。私は、薄暗い路地へ駆け込み、静かに涙を流した。私は、再び駅へと歩き出した。途中のコンビニでコーヒーを買おうと思った。寮の近くの、馴染みのコンビニだった。コンビニの外に、大きな黒い犬がつながれていた。飼い主は買い物中なのだろう。私は、その犬の頭を撫で、ようやく落ち着きを取り戻した。

私は三菱の官僚主義を嫌った。これを書いている今も嫌いだし、そういうやり方は私には合わないと思う。しかし、私が見逃していたことに、その官僚主義の中にいる人々は皆善人だった。もしかすると、彼らも官僚主義を嫌っているかも知れない。さらに、官僚主義と日々戦っているのかも知れない。

彼らは残り、私は去った。何だか、私だけがさっさと逃げ出してしまったような気もする。退職を後悔しているわけではない。だが、すごく不思議な気持ちだ。彼らのためにも、というのは変な表現だが、次の職場ではがんばろうと思う。

ありがとう、三菱電機。この6年間は本当は幸せだったのだ。素晴らしい人達と過ごせたのだから。