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豊かな社会

私の母校は、工学部のみの小さな単科大学だ。工学部のみの大学であっても、いわゆる一般教養の授業がある。そのための常勤の教員もいる。特に人文社会系の講義のことを、私たちは単に「社会系」と呼んでいた。

私たちにとって、「社会系」の授業は悩みの種だった。これらの単位が、進級のための条件になっていたからだ。私たちは、エンジニアリングを学ぶために大学へ入った。そのために授業料も払った。確かに西洋思想史は興味深いかもしれないが、エンジニアリングとの接点を見出すことはできなかった。

大人になってから、「あの時もっと勉強しておけばよかった」と思わない人はいない。私もその例に漏れない。30歳を過ぎて思うには、もっと真面目に「社会系」の勉強をしておけばよかったのである。

実は、エンジニアリングと「社会系」は密接に関係していた。なぜなら、エンジニアリングとは、社会を豊かにする方法だからだ。学生時代の私は、エンジニアリングの方法論にばかり捕らわれ、その目的が見えていなかった。

19世紀の経済学者は未来を悲観した。保守主義者もマルクス主義者も、産業革命の行き着く先はユートピアではないという点では意見が一致していた。しかるに、二つの世界大戦を挟み、ヨーロッパ、アメリカ、日本を含む国々には、豊かな社会が誕生した。これらの国々の共通点は、エンジニアがたくさん住んでいるということだ。

失われた10年だか20年だか知らないが、日本企業が不調である。パナソニックが赤字という。シャープも赤字という。任天堂でさえ赤字という。日本の製造業は軒並み「オワコン」と言われる。どうしてしまったか?

日本の製造業も、学生時代の私と同様、方法論にばかり捕らわれ、社会を豊かにするという当たり前の目的が見えなくなっているように思う。私も、ついこの間まで日本の製造業に身をおいていたのでよくわかる。もっとも、彼らが捕らわれている方法論は、経営学のそれであるようだ。

何をもって社会の豊かさとするかは難しい。今年のはじめに、ロボット掃除機のルンバを買った。まるでSFの世界にいるようだった。ハインラインの『夏への扉』に出てくる家事ロボットのようだった。私の生活は豊かになった。

今年ももう終わりだ。毎年、その年のテーマを設定することにしている。来年のテーマは「社会系」にしようと思っている。今年のうちに、古本屋行きを免れた教科書を発掘しなければならない。