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大事なことはすべてBSDで学んだ

半年に一回くらいBSDが触りたくなる。Software Designの今月号の特集がFreeBSDだったので、早速触りたくなってしまって、Ubuntuの入っていたPCをつぶしてFreeBSDにしてしまった。9.0-Beta3である。

2002年前後、ASCIIがBSD Magazineなる雑誌を出していて、なんとも怪しげなマニアックな濃い雰囲気を醸しだしていた。砂原先生など、Unix界の大物(要するにオッサン)が登場し、「PCでUnixをやるならBSDだ。Linuxなんかダメだ」と主張しておられた。

当時はLinuxも2.2とかそのへんで、LinuxBSDとどちらが良いかというような議論もあった。私は、砂原先生たちのその濃い雰囲気にやられてしまって、FreeBSDを使い始めた。これが私とBSDとの出会い。

当時は、FreeBSDも3とか4とかそのくらいだった。学校に行かない不良大学生だった私は、大学のプログラミングの演習なども、全部自宅のFreeBSDでやってしまった。大学のマシンはLinuxだったが、ユーザランドでプログラミングする限りではほとんど変わらない。

その後、研究室に入ってもFreeBSDを使い続け、私とBSDとの付き合いは大学を卒業するまで続いた。

私は、BSD上でUnixUnixシステムプログラミングを学んだ。Lispの処理系も書いたし、正規表現のパーサーも書いた。しかし、それ以上に、私がBSDから学んだことの中でもっとも大事なのは、BSDに流れるハッカー精神である。

Linuxにもハッカー精神はあると思う。しかし、Linuxのそれは、BSDのそれとはちょっと違うように思う。単に世代の違い、若者とオッサンの違いかもしれない。

BSDハッカー精神には、燦々と太陽の照りつける中、カリフォルニアの大地を土煙を上げながらオープンカーでひた走る、そんなイメージがある(カリフォルニア行ったことないけど)。

ないものは自分で作ってしまえ。ソースがあるなら改造してしまえ。ビル・ジョイなんかは、viを発明する前はcatでコードを書いていたのではなかろうか?

というような、古き良きハッカー精神をBSDからは学べたと思う。就職してからSolarisLinuxに浮気したけれども、なんかしっくりこないのは、このBSDの古き良きハッカー精神とLinuxSolarisハッカー精神との間の「ズレ」を感じていたのだろう。

というわけで、せっかくFreeBSDもインストールしたことだし、しばらくいじってみようかと思う。大事なことはすべてBSDで学んだ。